越後地震口説
江戸時代に起きた越後の大地震の口説で、瞽女により広く伝播されたもの。大分県内には、おそらく口説本により入ってきたと思われる。現代の価値観にはそぐわない点も見受けられるが、道徳の大切さを説いている。現在は、あまり口説かれていないようだ。
天地開いて不思議なことは 近江湖駿河の富士は たった一夜にできたと聞くが
これは見もせぬ昔のことよ ここに不思議は越後の地震
言うも語るも見の毛がよだつ 頃は文政十一年の
時は霜月半ばの二日 朝の五つと思いし頃に
どんと揺り来る地震の騒ぎ 煙草一服くゆさぬ内に 上は長岡新潟かけて
下は三條今町見付け 潰す後より一度の煙 それに続いて余坂や燕
在郷村々その数知れず 潰す家数千万余戸や 垂木うつぼり柱や桁に
背骨肩骨頭を打たれ 目鼻口より血を吐き流す 逃れ出で人狂気の如く
もがき苦しみ息耐え果てる 手負い死人は書き尽くされず 数も限りもあらましばかり
親は子を捨て子は親を捨て あかぬ夫婦の仲とも言わず
捨てて逃げ出すその行く先は 焔燃え立ち大地が割れて
砂を噴き立て水揉み上げて 行くに行かれずたたずむ中に
風は激しく後ろを見れば 火の粉噴き立ち焔が降りて 熱や切なや若しや怖や
中に哀れや手足を挟み 肉をひしがれ骨打ち砕き 泣きつ叫べば助けてくれと
呼べど叫べど逃るる人は 命大事と見向きもやらず 覚悟覚悟と呼ばわりながら
西よ東よ北南よと 思い思いに逃げ行く人は げにも叫喚大叫喚の
責めもこれには勝りはすまい 見るもなかなか骨身に通る
今はこの世が滅びてしまい 弥勒出世の時なるらんや
又は奈落へ沈むか知らん 言うも恐ろし語るも涙
急ぎ祈祷の湯の花なぞと せつな念仏唱えてみても 何の印もあら恐ろしや
昼夜動きは少しも止まず およそ七十五日が間 肝も心もどうなることか
親子兄弟顔見合わせて 共に溜息つき入るばかり 御大名にも村上柴田
大阪長丘邑松桑名 今津高岡またその他に 御陵御陣屋旗本衆も
思い思いに手当てはあれど 時が時なら空かき曇り 雪はちらつき寒さは積る
外に居られぬ涙の中に 一家親類寄り集まりて 大工要らずの掘立小屋に
氷柱かぶりて凌ごうとすれば 吹雪立ち込み面目はあかず 殊に今年は大凶作で
米は高値に諸式は高し それに前代未聞の変事 これをつらつら考えみるに
士農工商儒仏も神も 道を忘れて私欲に迷い 上下分かたず驕りを極め
武士は武を捨て算盤枕 それに並んで下役人は 下を虐げ己を奢る
昔困窮の時節を聞くに なずな掘ったり磯茶を拾い 己々が命を繋ぎ
収納作得立てたと聞くに 今の百姓はそれとは違い 少し不作な年柄にても
検見鹸ごうて拝借などと 巧み苦労をかけたる上に あるのないとのお館前で
無勘定にて内をば奢る 米の黒いは大損などと 味噌は三年経たねば食わず
在郷村々髪結い風呂屋 前売小店の店前見れば 胡弓三味線太鼓を飾り
紋日々々のその時々に 若い者共寄り集まりて 踊り芸子や地芝居なぞと
遣い散らして出すこと奢る 袷一つに縄帯かけて 終にしもうて他国に走る
馬子や水汲奉公人も 羽織傘足袋塗駒下駄で 下女や丁稚の盆正月も
殊に悪いが縮緬帯で 開帳参りの風俗見れば 旦那様よりお供が派手な
それにまだしも大工の風儀 結城綿入れ博多の帯で 小倉袴に白足袋穿いて
朝は遅くて煙草は長し 作料増さねば行くことなさぬ 酒は一日二度出せなぞと
天を恐れぬわがままばかり 日雇い人まで道理を忘れ 普請作事の流行るに任せ
出入り旦那に御無沙汰ばかり 下は十日も先から頼む やっと一日顔出しさえも
機嫌取らねば日中は遊び それに準じて町家の普請 互い美々しく競り合う故に
二重垂木に銅巻かせ 屋根はのし葺き柱や桁は 丁度昔の二本の長さ
すかや欅の造作普請 御殿祭りか宮拝殿か 下賎の家作にあられぬ仕方
前を通るも肩身がすくむ なれど心は獣に劣る いかに困窮な年柄にても
主納家賃の用捨はあらず 少し下がると店追立てる 田をば上げよと小前を責める
慈悲の心は芥子粒程も ないはことわり浮世の道理 深く考え知らざる奴ぞ
世間高家の家風を見るに 旧い家持簡便篤く 俄か富源は万事がひどい
悪い心も見習い易く 裏家店借ほてふりまでも 米が安いと元気が高い
在郷者をば足下に見なし 言うに言われぬ高言吐いて
ちょいと洒落にも江戸物ばかり それはさておきこの近年は
寺社の風俗つらつら見るに 黒い羽織に大小差して
寺社の文字の講釈ばかり 鼻の高いが天狗に勝る 銭のないのは乞食に劣る
昼夜大酒道楽尽くし 己ばかりか下子供まで 金を遣うは風流人よ
道を守るは俗物なぞと 冥利知らずに銭金撒いて 書物読む読む身上潰す
わけて近年諸宗の風儀 和尚さんじゃと勿体らしく 赤い衣は白粉臭い
光る輪袈裟は刺身の香り 尼の山弥は子持ちの香り 朝の御勤め御小僧ばかり
夜のお勤め鐘打つばかり 昼夜廻りし御布施をむいで 遊女遊びに自殺を忘れ
居間の柱の状差見れば 様へ参るや御存知よりと 紅の着いたる仮名文ばかり
法華坊主が猫飼い喰ろうて 猫に遣るとて鰹を買やる 人がおらねば獣の代わり
鳥の毛を引く鱗を起こす 頭ばかりは坊主でござる 真宗坊主の有様見れば
門徒かすめる手立てが仕事 勧化一度に奉加四五度 祖師の法事や主坊の法事
畳屋根替造作普請 娘躾ける継ぎ目をすると 後生二の手に先その事を
門徒集めて身勝手ばかり 法座仕舞の話を聞けば 今度の法座は時分が悪い
参り不足で儲けがないと 供養仏事を商にして 後生知らずの邪険な者よ
金をあげれば信心者と 住寺坊主待遇が違う 何ぼ信心了解の人も
金をあげねば外道者なぞと 死人おさえる焼香とめる 後で己がねじごとぬかす
寺が寺なりゃ同行までも 御講戻りの話を聞けば 金はあげたが御馳走がないと
酒は濁酒苦たらしいと 澄んだ酒をばかやらぬなどと 茶屋に行きたる心を用い
身上坊主を丁稚にいたし 仏様をば足下に見做し 俗も坊主もただ一まくり
姑小姑 嫁をば謗り 娘息子は舅の讒訴 そして近年法談さえも
潮来長唄新内などと 混ぜて言わねば参りがないと 寝ても起きても欲心ばかり
仏任せの爺婆までも あちらこちらで教えが違う どれが真か迷いが晴れぬ
後生大事は頼まぬことと 勤めながらも門徒を寄せて 金の無心は御頼みごとよ
わけてつまらぬ法華の教え 蓮華往生でしくじりながら 未だ迷いが冷めやらぬやら
他宗謗りて我宗の自慢 余り教えが偏る故に 拾い世界を小狭く暮らす
仏嫌いの神道掌司 和学神学六根清浄 払いたまえと家財を払い
清めたまえと身上を洗う 国の不浄は汚れたものを 食わず呑まずは言分質す
胸と心はただ諸々の 欲と悪との不浄の染まり 祢宜の社人の神主なぞと
神の御未と身は高ぶれど 富をするやら操り歌舞伎 末社集めて山事ばかり
祈願神楽も銭からきわめ それが神慮に適うか知らぬ またも悪いがお医者でござる
隣村へも馬駕籠なぞと 知らぬ病も飲み込み顔で やがて治ると薬を呑ませ
上に居る人 下憐れみて 下に居る人 上敬いて 常に倹約 慈悲心深く
邪見心を慎むならば かかる稀代の変事はあらじ 神も仏も御天道様も
恵みたもうてただ世の中を 末世末代浪風立たず 四海大平諸色もやすく
米も下値に五穀も実り 地震どころか在町共に 子孫栄える末繁昌の
元となるべき例をあげて かかるこの身の罪深きやら 地震潰れの掘立小屋に
しばし籠りて世の人々の 筆の雫もあら恐ろしや