八百屋お七口説
七浄瑠璃や歌舞伎芝居で有名な心中もの。「のぞきからくり」や「ごぜ口説」また盆口説として、日本国中津々浦々に広く伝わり、大変な人気を呼んだ。流行歌・歌謡曲の分野でも題材にされ、坂本冬美の「夜桜お七」や、青葉笙子の「覗眼鏡くずし」、小唄勝太郎「恋のお七」などがある。杵築市内に、「八百屋お七の墓」と伝承されている墓がある。場所柄、その真偽は疑わしいが、そんな伝説が各地に残るほど、広く親しまれていたのだろう。丙午の迷信の原因でもある。
八百屋お七
花のお江戸にその名も高き 本郷二丁目に八百屋というて 万青物渡世をなさる
店も賑やか繁昌な暮らし 折も折かや正月なれば 本郷二丁目は残らず焼ける
そこで八百屋の久兵衛ことも 普請成就をするその中に 檀那寺へと仮越しなさる
八百屋のお寺はその名も高き ところ駒込 吉祥寺様よ 寺領御朱印大きな寺よ
座敷間数も沢山あれば これに暫く仮越しなさる 八百屋娘はお七と云うて
年は二八で花なら蕾 器量よいこと十人すぐれ 花に例えば申そうならば
立てば芍薬座れば牡丹 歩く姿は姫百合花よ 寺の小姓の吉三というて
年は十八薄前髪よ 器量よいこと卵に目鼻 そこでお七はふと馴れ初めて
日頃恋しと思うて居れど 人目多けりゃ話もできず 女心の思いの丈を
人目忍んで話さんものと 思う折から幸いなるか 寺の和尚は檀家へ行きゃる
八百屋夫婦は本郷へ行きゃる 後に残るはお七に吉三 そこでお七は吉三に向かい
これ吉さんよく聞かしゃんせ あとの月からお前を見初め 日々に恋しと思うて居れど
親のある身や人目を兼ねて 言うに言われず話も出来ず 今日は日までも言わずにきたが
わしが心をこれ見やしゃんせ 兼ねて書いたるその玉章を 吉三見るよりさしうつむいて
さても嬉しいお前の心 さらば私もどうなりましょと 主の心に従いましょと
この夜打ち解け契りを結ぶ 八百屋夫婦は夢にも知らず 最早普請も成就すれば
明日は本郷に皆行く程に それにつけても私とお前 別れ別れに居るのは嫌と
実は私も悲しうござる 言えば吉三も涙を流し わしもお前に別れが辛い
共に涙の果てしがつかぬ そこで吉三は気を取り直し これさお七よよう聞きゃしゃんせ
秋に逢われぬ身じゃあるまいし 又も逢われる時節もあろう 心直して本郷へ行きな
わしもこれから尋ねて行くよ 言えばお七も名残を惜しみ 涙ながらに両親共に
元の本郷に引越しなさる 八百屋久兵衛日柄を選び 店を開いて売り初めなさる
その近所の若衆どもを 客に招いて酒盛りなさる 酒のお酌は娘のお七
愛嬌よければ皆さん達が 我も我もとお七を名指す わけて名指すは釜屋の武平
男よけれど悪心者で 辺り近所の札つき物よ その夜お七と逢い初めてより
どうかお七を女房にせんと 思う心を細かに書いて 文に認めお七に送る
お七方より返事も来ない そこで武平はじれだしなさる さらばこれより八百屋に忍び
あのやお七に対面いたし 嫌であろうがあるまいとても 口説き落として女房にせんと
思う心も恋路の欲よ 人の口には戸が立てられぬ 人の話や世間の噂
それを聞くより八百屋の夫婦 最早お七も成人すれば いつがいつまで独りでおけば
身分妨げ邪魔あるものよ 早くお七に養子を貰い そして二人が隠居をいたす
それがよかろと相談いたし 話決まれば娘のお七 何を言うても年若なれば
知恵も思案もただ泣くばかり そこでお七は一室へ入り 覚悟極めて書置きいたす
とても吉三と添われぬなれば 自害いたして未来で添うと 思い詰めたる剃刀持ちて
既に自害をいたさんものと 思う所から釜屋の武平 さてもお七を口説かんものと
忍ぶ所から様子を見たる 武平驚き言葉をかける これさお七ゃ何故死にゃしゃんす
これにゃ訳ある子細があろう 云えばお七は顔振り上げて これさ武平さん恥ずかしながら
云わねば解らぬ私の心 親も得心親類達も 話し相談いたした上で
わしに養子を貰うと言うが 嫌と言うたら私の不孝 親に背かず養子にすれば
二世と契りし男にすまぬ 親の好く人私は嫌よ わしの好く人親達嫌よ
あちら立てればこちらとやらで 何卒見逃し殺しておくれ 聞けば武平は悪心起こし
とても私の手際じゃ行かぬ さればこれから騙してみんと これさお七やよう聞かしゃんせ
そなた全体親への不孝 可愛い男に逢われもしまい なおもそなたは死ぬ気であれば
これさ火をつけ我が家を焼きな 我が家焼ければ混雑いたす 婿の話も止めものなれば
可愛い男に逢われる程に それがよかろと云われてお七 女心の浅はか故に
すぐに火をつけ我が家を焼けば 家は驚く世間じゃ騒ぐ 騒ぐ紛れに釜屋の武平
八百屋財産残らず盗む 又も武平は悪心起こし わしが恋路は叶わぬ故に
悪い奴らは二人の者よ 今に憂き目にあわしてやろと すぐに役所へ訴人をいたす
そこで所の役人様は 哀れなるかなお七を捕らえ 町の役所へ引き連れなさる
吟味するうち獄舎に入れる 後に残りし小姓の吉三 それと聞くより涙を流す
さても哀れや八百屋のお七 元の起こりは皆俺故に 今は獄舎の憂き目を見るか
そなたばかりは殺しはせぬぞ 今に私も未来へ行くよ あわし悪いは釜屋の武平
わしも生まれは侍故に せめて一太刀恨みを晴らし それを土産に冥途へ行こと
用意仕度で探しに行きゃる 本郷辺りで武平に出会い 恨む刀で一太刀斬れば
うんとばかりに武平は倒れ 吉三手早く止めを刺して 首を掻き切り我が家に帰り
委細残らず書置きいたし 直にそのまま自害をいたす そこでお七は残らず吟味
罪も極れば獄舎を出でて 行くは何処ぞ品川表 哀れなるかや娘のお七
云うに云われぬ最期でござる